カテゴリ:番外編:コクピットから見る世界( 23 )
台湾が日本に戦争をしかけてくる?


6月10日に、“日本領海内”の尖閣諸島・魚釣島近海にて、

日本の海上保安の巡視船と台湾の遊漁船が接触し、

台湾の遊漁船が沈没するという事故があった。

(乗船者16人は全員無事) 


これを受けて台湾政府は猛反発、

「尖閣諸島は、台湾の領土であり、全責任は日本側にあり、

日本政府に謝罪と賠償を要求する。

最終手段として開戦(戦争)もありえる。

という内容の声明を発表した。 


正直な話、これが中国だったら話はわかるが、

なぜ台湾政府がこんな事を言うのだ!! 

と最初にニュースを見た時には、とても驚いた。


俺の感覚では、親日台湾、そして、反日中国のイメージ

であるから、自然と俺自身も、親台湾、反中国になっている。 



実際の話、俺がアメリカに住んでいた1990年代

と2000年前半に、出会った台湾人と中国人は、

日本人に対して“超”対照的な反応を示していた。


(もちろん、これが戦争と政府がコントロールしている

教育からきていることは、百の承知ではあるが。) 


あの当時、台湾では日本のドラマがブームになっていた。

そのせいもあり、ほとんどの若い台湾人は少なからずしも、

日本語の単語を知っているし、浜崎あゆみなど、

日本を代表するミュージシャンの名前を知っていた。 

そして、台湾にあるコンビニでは、日本の歌謡曲が頻繁に流れていた。 

その反面、中国人は日本人を見るやさな、自己紹介をする前に、

南京事件の事や戦争の事を話す。 

中には、日本人が漢字を使っているのを知らないアホまでいた。


(それだけ、外の情報が国に入っていない証拠であろう。 

一番、 笑けたのが、あのサッカーの中田選手が絶頂期

でヨーロッパで活躍していた頃、多くのヨーロッパ人は、

中田選手の事を知っているのに、多くの中国人、

ましては、サッカー好きなやつですら知らなかった。 

そして、驚くことにイギリスかどこかの4,5軍あたりの

下っ端のリーグにいる中国人選手を“アジア人でNo.1の選手だ”

などと世間知らずな事を言って、ヨーロッパ人の笑いをかっていた。) 



そんな訳で、初対面で日本語の単語を発するのが台湾人、

戦争の事を話始めるのが中国人というバロメーターができあがっていた。 

そんな経験をアメリカでしている俺にとって、

この事件は驚きであると共に、残念でもある。残念な事に、

この事件に関しては、台湾メディアから、反日的な報道が過熱している。



そして、16日に、台湾の尖閣諸島は、台湾のものと主張する

活動家12人と台湾メディア30人が乗る抗議船が釣魚島の

1キロ付近まで接近した。 幸いにも、今回は、大きなトラブル

なく彼らは家路についたようだ。



そもそもこの尖閣諸島問題は、この地域にて、石油・資源

が採れるとわかった地点で“急に”中国や台湾が自国の領土

と主張してきた。 おまけに、あいかわらずの“弱腰外交”

の日本政府、“自国”の領土なのに、“共同開発”しましょう

なんて言っている次第である。 まあ、無難な対応といえば

それまでではあるが、日本のように、資源がほとんど採れない

国にとっては、とても歯がゆいものである。


しかし、この事件を冷静に分析してみると、裏で中国政府

が動いているような気配があると思うのは、俺だけであろうか。 

あと1ヵ月半すればオリンピックが開かれる中国にとって、

チベット問題で世界を騒がせているからこれ以上、

中国のネガティブなイメージを世界に見せたくないであろう。 

そこで、台湾を使って問題を起させて、本来、仲が良かった

日本と台湾の仲をさき、元々主張していた“一つの中国”

を作り上げようという戦略ではないであろうか。 

何年も前から、中国の歪な戦略により、それまで台湾と国交

があった国々が次々と国交を絶たれ、台湾から中国へと

国交の関係を移している。(特にアフリカ諸国や南米諸国など) 



今回の事件は、中国にとって一石二鳥なのは一目瞭然である。 


まず、仲が良かった日本と台湾をさき、中国が後押しして、

日本とケンカして、尖閣諸島の主権を取り、そのまま、

台湾を吸収してしまおうという戦略ではないであろうか。 


それにしても、中国政府の言い分もアホらしい。 

尖閣諸島は、沖縄県の東南に位置している。

ちょうど、沖縄県と中国の真中である。 


“常識”のある人間なら、今の時代、沖縄は日本の一部であり、

ハワイはアメリカの一部であることくらい小・中学生でも知っている。 

が、中国政府は、この沖縄を“琉球”という国として見ているため、

日本のものではないと言うのだ。確かに昔、ハワイもそであったように、

琉球王国であった。おそらく、中国政府の役人は、上記のサッカー

の中田選手を知らないように、沖縄が日本になったこと

を知らないのであろう。(笑) まったく世の中の事

を知らないのにもほどがある。 

彼らの“最近の国際情勢”とは何年前の話なのであろうか。 

きっと彼らの頭の中は、南京事件の2,3年後なのであろう。



あと約1ヶ月半で北京オリンピックが開催される。 

俺は、絶対にオリンピック後に“何かが起こる”と予想している。 

それは、歴史に残る大きな出来事が。 

アメリカは、“この機会”を使って世界の主権を握りたいだろうし、

ロシアは最近、石油ビジネスで景気を一気に反転させた。 

そのまま勢いに乗りたいであろう。中国だって“この機会”

で台湾をついに自分の国にしたいであろうし。


それを考えるとわくわくしてくるが、どさくさに紛れて

北朝鮮が日本にミサイルを撃ってこなければ良いが・・・・・


現在、そのエッセイを製作中なので、完成後に、

アップしますね!! 

おたのしみに!!


[PR]
by boeing747taka | 2008-06-18 19:42 | 番外編:コクピットから見る世界
神様、仏様、野茂様様



今でも忘れはしない、あのアメリカ人の変わりようを。





  俺がフロリダ州(アメリカ)に住んでいた頃、

ある週末、友人に誘われてある野球場に行った。 


野球場といっても公園のような場所で地元の人が遊んだり、

草野球をする場所であるが、そこに友人の誘いで地元

の草野球チームに入ることにした。 

朝にその球場に行くと15人ほどの人が集まっていた。 

友人に他のチームメイトに紹介され

登録用紙に名前などを記入した。


そのリストを見ると外人らしき人は俺一人。 

名前を見て気になったのであろう、監督が聞いてきた:



監督:「君、どこから来たんだい? めずらしい名前だね。」


俺:「日本です。 アメリカにはもう7年ほど住んでます。」


監督:「え! 日本人が野球するのか?」


俺:(驚きと笑いながら)「するもなにも、日本では

一番人気のあるスポーツですよ。」


監督:「へー、日本人も相撲以外のスポーツするんだ。 

てっきり君はすし職人かと思ったよ。」



当時のアメリカではこんな会話は驚くほどでもない。 

当時のアメリカ人は日本人といえば、

すし職人かエンジニアとしか思っていなかったのである。 


そんなイメージの人種が“運動”しているのだから

驚くのも無理はないであろう。 

この話は、野茂選手がアメリカに渡った1995年

より前の話であった。


  それから月日が流れ野茂選手が海を渡って

ベースボールに挑戦した。 ちょうど野茂選手

が全米のTVで取り上げられたりして全米に彼の名前

が知り渡った頃、再度、地元の草野球チームに行くと、

驚く事がおこったのである。 


いままで、日本人である俺が野球をしているのを

アメリカ人は驚いていたのに、TVで野茂選手の活躍

を見てからは、日本人である俺が野球をしていると、

「いいピッチャーに違いない。(俺のポジションは投手とレフト)

ちょっと君のピッチングを見せてくれないか。」

と言い出したのだ。 周りの俺に対するイメージ

が180度変わったのを強烈に肌で感じた瞬間であった。 

背の高い黒人がバスケをやると言う人や、

体つきの良い白人やラテン系が野球をやると言う人

を見るような目で、日本人を見る時なんか、

まずありえなかった。 アジア人イコール勉強する

人のようなイメージであった。 

それが、野茂選手の出現によりアメリカ人

が日本人イコール良い投手と見ているのである。

(さすがにまだ、打者としては良い目で見てくれなかったが。)



  そして、月日が流れてイチローがアメリカにやってきた。 

日本人のバッターがアメリカで通用するのか、

ホームランバッターならまだしも、イチローのような

スインガータイプでは通用しないのではとメディア

はイチローをいろいろと分析していたが、

結果はみなさんのご承知のとおり、アメリカ人

の野球感を変えてしまうほどの成功であった。 



世間はやはり“現在おこっている事”に注目しがち

であるので、いかにもイチローがアメリカ人の日本人

に対するイメージを変えたような事をいう人が多いが、

決して野茂選手の功績を忘れてはいけないと言いたい。 


彼がいなければ、イチローはもとより最近のメジャーリーグ

への日本人移籍なぞありえない話であったであろう。 




「野茂選手がアメリカ人の日本人への見方を変え、

イチローがアメリカ国内のアジア人を元気づけた」のである。




 アメリカで野球を見に行った人なら分かるであろうが、

松井(ゴジラ)は周りの選手と溶け込むくらい良い体つき

をしているので、背番号55を探す必要があるが、

イチローは周りの選手と比べて一回り体が小さく、そして細い。 

彼がグランドのどこにいても一目でイチローとわかる。


そんな“華奢(きゃしゃ)な体”の選手が、

“でかい、パワー”の世界で成功したのだから、

同じような体つきのアジア人には大きな励みになった。 


実際、ある特別番組にもアジア系アメリカ人ジャーナリスト

がこう発言していた。 


Ichiro made us that we (Asian who lives in USA) feel

like if he can do it we can do it too!


(イチローは私たち(アメリカ国内に住むアジア人)に、

彼ができるなら私たちにもできるという感覚を覚えさせてくれた。)



これは決して「彼ができるなら俺もできる」という見下した

言い方ではなく、元気づけられたという意味である。



野茂選手がアメリカ人の日本人への偏見を変えさせ、

イチローがアメリカ国内に住むアジア人を元気づけたのである。




  1990年代初め、俺はアメリカの高校へ通い始めた。

そして、サッカー部に入った。 当時、アメリカではサッカー

はマイナーなスポーツというより未知のスポーツであった。 


ちょうど今の日本人がクリケットを見るような感覚

で当時のアメリカ人はサッカーを見ていた。

(2大会前くらいのワールドカップより変わってきたが。) 


そんな未知のスポーツの世界ですら、日本人が運動をする

と言うと「お前、走れるのか」というような扱いをしてきた。 


俺は小学生の頃、サッカーをやっていたので、

(おまけに体育系でもあり、球技はたいてい得意である)

サッカーをまるで知らない当時のアメリカ人との差が現れるのに、

たいした時間はかからなかった。 

すぐに監督に認められ、センターフォワードのポジション

を手に入れた。 チームは半分くらいが初心者のせいもあったが、

最初の態度とは大きな違いである。 

今では“なつかしい”思い出ではあるが、彼ら、

アメリカ人チームメイトや監督、コーチに対して「このやろー!」

という怒りを感じていたのを今でも覚えている。 

野茂選手の苦労はこんなものではなかったと思う。 



メディアでは、野茂選手を“開拓者”として扱っているが、

俺はそれ以上の存在と思う。 

特にアメリカ国内に住む日本人は、野茂選手に感謝し、

敬意を表すべきと思う。 

彼がいなければ、いまだに日本人はアメリカ人にとって、

すし職人でしかなかったであろう。



  野茂選手はここ数年、メジャーから遠ざかっていて、

マイナーやラテン系の国でプレーしている。 

40歳に近づいてきた年齢にもかかわらず、

文句ひとつ言わず、メジャーに再挑戦している。 

本当にプロフェッショナルな人と尊敬する。 




彼が再度、メジャーのマウンドにあがり、今度は、

世界中の中年おじさんに元気づけることができるように、

がんばってほしいものである。



  神様、仏様、野茂様様、どうか野茂選手

が再度、メジャーのマウンドにあがれますように!





[PR]
by boeing747taka | 2007-12-15 19:43 | 番外編:コクピットから見る世界
やっぱりプロだったベッカム


先月の下旬、オーストラリアのシドニーにて

アメリカのプロサッカーチーム、LAギャラクシー

とオーストラリアのプロサッカーチーム、シドニーFC

にて親善試合が行われた。 


オーストラリア国内のメディアは1週間前くらいから

トップ記事にあげるほどの加熱ぶりであった。 


それもそのはず、いまやスポーツ界でなく、

芸能界のニュース をにぎわせているあの

ベッカムがオーストラリアにやってくる

というのである。  


俺はサッカーの試合を見るのは好きだが、

正直な話、彼の“サッカー選手”

としていの姿をあまり知らない。 

奥さんが見ている芸能雑誌に彼の妻、ビクトリアとの写真

をよく見るくらいで、どっちかというと

芸能人としてのイメージの方が強かった。 



今回の親善試合の目的はなんといっても彼、

ベッカムのためのみである。
 

“ベッカムの試合”をオーストラリアでやろうという

ことからこの企画ができあがった。 

そして、観客もベッカムのプレーを見るためだけに

スタジアムにやってきた。 


試合こそ3-5でベッカムのチームは負けたが、

今回のような親善試合にはスコア

なんて関係ないであろう。 

ファンは彼のプレーぶりを期待していたのだから。
 

そして、ベッカムはそのファンの期待に見事こたえた。 


0-3でむかえた前半44分、“ベッカムといえば、

あのフリーキック”というスタジオ中のファン

はもとよりTV中継されている世界中

のファンが期待していた、“ベッカム・モメント”が現れた。 


彼がヨーロッパやワールドカップの試合

でみせたあの見事なフリーキック

をこの親善試合でやってのけたのである。 


それも見事にファンの期待に応えるように。 


このフリーキックを見た瞬間、


「ああ、やっぱり彼も一流のプロなんだな。」

と痛感した。



プロの世界、1流も3流も実力のみを見る

ならさほど差はないと思う。


しかし、1流が更に上に行くのに

対して3流が沈んでいく、大きな原因は

今回の、ベッカムのフリーキックのような“その場”

を見事に決めることができる選手

とそうでない選手にあると思う。 



人間、誰にでも人生に“チャンス”というの

はめぐってくると思う。 

それをものにできる1流と、気づかず見逃すか、

ものにできない3流。





私事ですまないが、プロゴルフの世界

といえば、タイガー・ウッズ。 


昔、フロリダ州(アメリカ)に住んでいた頃、

タイガーを地元の試合

で何度か、生で見たことがある。 


プロとして、“彼と俺の違い”というのを見つけたかった。 



彼が試合前、試合後の練習場

にいるときから、どうスタートするか、

どうボールをセットアップするのか、細かなところまで観察した。 


こんな事を言うと傲慢に聞こえるかもしれないが、

ボールを打つ姿だけを見ていると、

「俺ももうちょっと練習すれば、あの球が打てる。」と思った。 

(プロの世界、これくらいの心境でないとやっていけない。 

というより、プロになれないと思う。)


しかし、丸1日彼のプレーを見ていると、“やはり、彼は違う!”

という場面に多々遭遇する。 


彼だって人間なので、ミスショットはする。

しかし、それは必ずといっていいほど続かない。 

1打、ミスすると、次は必ず帰ってくる。(俺はここでずるずると崩れる。)

そしてなにより、上記のベッカムと同様、誰もが期待する、

そして、必ず決めなければいけない“その時”を見事にやってのける。 



プロゴルフの試合には“流れ”があり、

“ここで決めなければならない”

という場面がある。 試合に勝つ1流プロは皆、

そこで決めるが、去っていく3流プロは皆、そこでミスをする。



アマチュアの試合からプロの試合に行くと

周りの環境はがらりと変わる。

アマチュアの試合に行くと、試合前

にもうだいたい誰が上位に行く

かというのがわかる。 

すごくうまいやつとすごく下手なやつ

が同じ試合にでているので一目瞭然である。 



そして、そこで上位に立つやつを周り

は「あいつは、すごい!  将来プロだね。」と絶賛する。 



そうやって“篩(ふるい)にかけられて残ったやつ”がプロ

となっていくので、プロの試合に行く

と実力にそんなに差はなくなる。 


そして、その“残った連中”が更に残るのは、

ベッカムやタイガーのような連中なのであろう。



今回のベッカムのプレーにあっぱれ! 

今回の試合は、俺の頭の中でベッカムのイメージが芸能人から

プロスポーツ選手に変わった一瞬でもあった。


これも“チャンスをものにする”1流選手の技なのかな。



[PR]
by boeing747taka | 2007-12-08 19:39 | 番外編:コクピットから見る世界